【電力】令和6年(下期) 問8|送配電線路および変電所におけるがいしの塩害とその防止対策に関する論説問題
送配電線路や変電所におけるがいしの塩害とその対策に関する記述として,誤っているものを次の (1)~(5) のうちから一つ選べ。
(1) がいしの塩害に対する基本的な対策は,がいしの沿面距離を伸ばすことや,がいし連の直列連結個数を増やすことである。
(2) がいしの塩害発生は,海塩等の水溶性電解質物質の付着密度だけでなく,塵壊(じんあい)などの不溶性物質の付着密度にも影響される。
(3) がいしの塩害は,フラッシオーバ事故に至らなくても可聴雑音や電波障害の原因にもなる。
(4) がいしの塩害対策として,絶縁電線の採用やがいしの洗浄,がいし表面へのはっ水性物質の塗布等がある。
(5) がいしの塩害による地絡事故は,雷害による地絡事故と比べて再閉路に失敗する場合の割合が多い。
合格への方程式
がいしの塩害 - 基本原理
がいしとは何か
がいしは、送電線や変電所で電気を通す導体(電線)と、電気を通さない支持物(鉄塔など)を絶縁するための部品です。陶器やガラスで作られており、電気が漏れないように絶縁の役割を果たしています。
がいしの役割
・導体と支持物の絶縁
・電気の漏れ防止
・機械的な支持力の確保
塩害とは
塩害とは、海水に含まれる塩分(主に塩化ナトリウム)が風に運ばれてがいし表面に付着し、がいしの絶縁性能を低下させる現象です。特に海岸付近の送電線や変電所で大きな問題となります。
なぜ塩分が問題になるのか
塩分は水に溶けると電気を通しやすくなる性質があります。がいし表面に塩分が付着した状態で雨や霧により湿潤状態になると、本来絶縁体であるがいしが電気を通すようになってしまいます。
身近な例で理解しよう
食塩水に電極を入れると電気が流れるのと同じ原理です。純水は電気を通しませんが、塩を溶かすと電気を通すようになります。がいし表面でも同じことが起こります。
塩害の発生条件
塩害が発生するには以下の条件が揃う必要があります:
1. 塩分の付着:海水からの塩分が風により運ばれる
2. 湿潤状態:雨、霧、露などにより表面が湿る
3. 継続的な汚損:雨洗効果を上回る塩分付着
海岸からの距離と塩害
一般的に海岸から2~3km以内の地域で塩害が発生しやすいとされています。ただし、地形や風向きによってはより内陸でも発生する場合があります。
塩害に影響する要因
塩害の発生には、塩分だけでなく以下の要因も影響します:
要因 | 影響 | 説明 |
---|---|---|
塩分(水溶性) | 直接的 | 電気伝導性を高める主要因 |
塵埃(不溶性) | 間接的 | 塩分の付着を促進し、雨洗効果を阻害 |
湿度 | 直接的 | 塩分を溶かして電気伝導性を発現 |
風速・風向 | 間接的 | 塩分の運搬と付着量に影響 |
塩害発生のメカニズム
塩害発生の流れ
塩害は以下のような段階を経て発生します:
段階1:塩分の付着
海水が波しぶきとなり、または蒸発して塩分が大気中に放出されます。この塩分が風に運ばれて、がいし表面に付着します。通常時は少量のため問題となりません。
段階2:汚損の蓄積
台風や季節風などの強風が継続すると、通常の雨洗効果を上回る速度で塩分が蓄積されます。この時点で、がいし表面の汚損密度が危険レベルに達します。
段階3:湿潤状態の発生
霧、小雨、露などによりがいし表面が湿潤状態になると、付着した塩分が溶けて電気を通しやすい状態となります。
段階4:絶縁破壊
がいし表面の絶縁が保てなくなり、アークやフラッシオーバが発生します。また、完全な絶縁破壊に至らなくても、部分放電により可聴雑音や電波障害が発生します。
雨洗効果とは
雨洗効果とは、降雨によりがいし表面の汚損物質(塩分や塵埃)が洗い流される自然の清浄作用のことです。通常の降雨では、この効果により塩分が除去され、がいしの絶縁性能が回復します。
雨洗効果の限界
・台風時の激しい塩分付着には対応できない
・小雨程度では効果が低い
・塵埃が多い場合は効果が減少する
汚損密度と絶縁性能
がいし表面の汚損密度(付着物質の量)と絶縁性能には密接な関係があります。汚損密度が高くなるほど、絶縁耐力(絶縁破壊に耐える電圧)が低下します。
\[ \text{汚損密度} = \frac{\text{付着塩分量}}{\text{がいし表面積}} \quad \mathrm{[mg/cm^2]} \]汚損密度の目安
・軽汚損:0.03 mg/cm²以下
・中汚損:0.03~0.10 mg/cm²
・重汚損:0.10 mg/cm²以上
季節による変化
塩害の発生は季節により大きく変化します:
季節 | 特徴 | リスク |
---|---|---|
春 | 偏西風、黄砂 | 中程度 |
夏 | 台風、高湿度 | 高い |
秋 | 台風、季節風 | 高い |
冬 | 季節風、低湿度 | 中程度 |
地形による影響
地形も塩害の発生に大きく影響します:
・海岸線に垂直な谷:塩分が内陸まで運ばれやすい
・山間部:風の通り道となり塩分が集中
・平野部:塩分が広範囲に拡散
・高地:塩分の影響を受けにくい
予想外の塩害
近年は気候変動により、従来塩害の少なかった地域でも被害が発生する事例が増えています。定期的な汚損調査が重要です。
塩害対策方法
対策の基本的な考え方
塩害対策は以下の3つのアプローチに分類できます:
1. 予防的対策:塩分の付着を防ぐ
2. 除去的対策:付着した塩分を除去する
3. 耐性向上対策:塩害に強いがいしを使用する
1. 送電線ルートの適切な選定
計画段階での根本的な対策として、塩害の発生しにくいルートを選定することが最も効果的です。
ルート選定の考慮点
・海岸からの距離を確保
・主風向を考慮した配置
・地形による塩分の集中を回避
・将来の開発計画との調整
2. がいし洗浄
定期的または汚損状況に応じてがいしを洗浄し、付着した塩分を除去する方法です。
洗浄方法の種類
方法 | 特徴 | 適用場面 |
---|---|---|
停電洗浄 | 送電を停止して直接洗浄 | 重汚損時、定期点検時 |
活線洗浄 | 送電したまま洗浄 | 緊急時、軽汚損時 |
自動洗浄 | センサーにより自動実行 | 重要設備、遠隔地 |
洗浄の実施タイミング
・汚損密度が基準値を超えた時
・台風通過後
・定期点検時
・異常音や電波障害発生時
3. 絶縁強化
がいしの絶縁性能を向上させることで、塩害に対する耐性を高める方法です。
沿面距離の延長
沿面距離とは、がいし表面に沿った最短の距離のことです。この距離を長くすることで、塩分による表面電流の流れを抑制できます。
\[ \text{沿面距離} = \frac{\text{定格電圧}}{\text{単位長さあたりの耐電圧}} \quad \mathrm{[mm]} \]沿面距離延長の方法
・長幹がいしの採用
・がいし連の直列連結個数増加
・笠の形状変更(深笠形など)
耐塩がいしの使用
耐塩がいしは、通常のがいしよりも塩害に強い特殊な形状や材質を持つがいしです。
耐塩がいしの特徴
・表面の凹凸を少なくして汚損付着を抑制
・はっ水性の高い材質を使用
・笠の形状を工夫して雨洗効果を向上
4. はっ水性物質の塗布
がいし表面にシリコンコンパウンドなどのはっ水性物質を塗布することで、塩分や水分の付着を抑制する方法です。
はっ水性物質の効果
・水分をはじいて表面を乾燥状態に保つ
・塩分の付着を抑制
・雨洗効果を向上
はっ水性物質の注意点
・効果の持続期間が0.5~2年程度
・定期的な塗り直しが必要
・コストが高い
・施工場所が限定される
5. その他の対策
アークホーンの設置
アークホーンは、フラッシオーバが発生した際に、がいし本体を保護するための装置です。アークをアークホーンに誘導することで、がいしの損傷を防ぎます。
監視システムの導入
がいしの汚損状況を常時監視し、適切なタイミングで洗浄や交換を実施するシステムです。
監視項目
・汚損密度の測定
・漏れ電流の監視
・部分放電の検出
・気象条件の記録
対策の選択基準
適切な対策を選択するには、以下の要因を総合的に考慮する必要があります:
要因 | 考慮点 |
---|---|
汚損レベル | 軽汚損なら洗浄、重汚損なら絶縁強化 |
設備の重要度 | 重要設備ほど多重の対策が必要 |
経済性 | 初期コストと維持コストの比較 |
保守性 | アクセスの容易さ、作業の安全性 |
塩害による実際の影響
電力系統への影響
塩害は電力系統に様々な影響を与えます。その影響は段階的に現れ、最悪の場合は大規模停電に至ることもあります。
1. 可聴雑音の発生
がいし表面で部分放電が発生すると、「ジー」「ピー」といった可聴雑音が発生します。これは完全な絶縁破壊の前兆として重要な警告信号です。
可聴雑音の特徴
・湿度が高い時に発生しやすい
・夜間や早朝に顕著
・電圧が高いほど大きくなる
・近隣住民からの苦情の原因となる
2. 電波障害
部分放電により高周波ノイズが発生し、ラジオやテレビの受信障害を引き起こします。特にAM放送への影響が大きく現れます。
3. 地絡事故
がいしの絶縁破壊により、送電線から大地への地絡事故が発生します。これは最も深刻な影響です。
地絡事故の特徴
・一過性ではなく継続的
・再閉路成功率が低い
・広範囲の停電を引き起こす可能性
・設備の損傷リスクが高い
塩害と雷害の比較
塩害による事故と雷害による事故には重要な違いがあります:
項目 | 塩害 | 雷害 |
---|---|---|
発生原因 | 塩分付着による絶縁低下 | 雷の直撃や誘導 |
継続性 | 継続的(原因が除去されるまで) | 一瞬(雷が去れば終了) |
再閉路成功率 | 低い(10-30%) | 高い(80-90%) |
対策の緊急性 | 高い(継続的被害) | 中程度(一時的被害) |
再閉路とは
送電線で事故が発生した際、保護装置が動作して一旦電源を遮断し、短時間後に自動的に再投入する機能です。雷害では原因が除去されるため成功率が高いですが、塩害では原因が残るため失敗しやすいのです。
経済的影響
塩害による経済的損失は多岐にわたります:
直接的損失
・がいし交換費用
・洗浄作業費用
・設備の修理・更新費用
・作業員の人件費
間接的損失
・停電による生産活動の停止
・交通機関への影響
・医療機関への影響
・社会的信用の失墜
環境への影響
塩害対策自体が環境に与える影響も考慮する必要があります:
環境への配慮事項
・洗浄水の処理方法
・はっ水性物質の生態系への影響
・がいし廃棄物の処理
・工事による景観への影響
事故事例から学ぶ
過去の塩害事故事例を分析することで、対策の重要性が理解できます:
典型的な事故パターン
1. 台風通過後の塩分大量付着
2. 小雨による湿潤状態の継続
3. 深夜から早朝にかけての絶縁破壊
4. 再閉路失敗による長時間停電
将来の課題
気候変動や社会構造の変化により、塩害対策も進化が必要です:
・台風の大型化・強力化への対応
・都市部の塩害リスク増加
・再生可能エネルギー設備の塩害対策
・IoT技術を活用した高度な監視システム
持続可能な対策の必要性
塩害対策は一度実施すれば終わりではなく、継続的な取り組みが必要です。定期的な点検、適切な保守、技術の更新を通じて、長期的な信頼性を確保することが重要です。
🔍 ワンポイントアドバイス: 塩害対策の基本は「予防・除去・耐性向上」の3つです。海岸付近では特に継続的な監視と保守が重要で、雷害とは異なり一過性でないため再閉路が失敗しやすいことを覚えておきましょう。絶縁電線は導体の絶縁被覆であり、がいしの塩害対策ではないことも重要なポイントです。
海岸付近の送電線で起こりやすい塩害について、間違った記述を見つけてもらうで。
がいしは電線と鉄塔を絶縁する大事な部品やから、塩害対策はめちゃくちゃ重要やねん。
「がいしの塩害に対する基本的な対策は,がいしの沿面距離を伸ばすことや,がいし連の直列連結個数を増やすことである」
この記述はどう思う?
塩害対策として、がいしの沿面距離を伸ばすのは理にかなっていると思います。
沿面距離が長いほど、塩分が付着しても絶縁破壊が起こりにくくなるからです。
また、がいし連の直列連結個数を増やすことも、全体の絶縁強度を高める効果があります。
これは正しい記述だと思います。
解説
正解は (4) です。
各選択肢の詳しい解説:
- (1) 正しい:がいしの沿面距離を伸ばすことや直列連結個数を増やすことは、絶縁強度を高める基本的な塩害対策です。長幹がいしや耐塩がいしの使用がこれに該当します。
- (2) 正しい:塩害は海塩等の水溶性電解質物質だけでなく、塵埃などの不溶性物質の付着も影響します。不溶性物質が付着すると塩分も付着しやすくなり、雨洗効果も低下します。
- (3) 正しい:塩害は段階的に進行し、フラッシオーバ事故前にも部分放電による可聴雑音(ジージー音)や電波障害が発生します。
- (4) 誤り:絶縁電線の採用は、がいしの塩害対策とは無関係です。絶縁電線は導体の周りを絶縁被覆で覆った電線であり、架空送電線のがいしとは別の部品です。正しい対策は洗浄やはっ水性物質の塗布です。
- (5) 正しい:塩害による地絡事故は持続的な現象のため、塩分が除去されない限り再閉路に失敗する割合が高くなります。一方、雷害は一時的な現象のため再閉路成功率が高いです。
この問題は塩害対策の基本的な知識を問う重要な問題です。特に選択肢(4)のような、一見関連しそうで実は無関係な選択肢に注意が必要です。電験三種では送配電線路の環境対策として塩害対策は頻出テーマなので、対策方法を正確に理解しておくことが重要です。
この問題のポイント
- 塩害対策の基本は絶縁強度の向上(沿面距離延長、がいし連個数増加)
- 塩害は段階的に進行し、事故前にも可聴雑音や電波障害が発生
- 絶縁電線はがいしの塩害対策とは無関係
- 塩害は持続的現象のため再閉路失敗率が高い